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レジャー特集 のんびり岐阜まちなか歩き
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ぎふ七福神 林陽寺

林陽寺
'12/11/19
岐阜長良川、清流のほとり皆様の願いを成就する七体の福神様がいます、お参りしてはいかがでしょうか。

七福神の一体、布袋尊が祭られています。
一般的には「ほていさん」でなじみがある神様ですよね、太ってて出っぱった太鼓腹、大きな福耳、上半身は半裸に近く、大きな袋を肩にかついでいます。
ニコニコとしたその笑顔と風貌から、思わず顔がほころんでしまう、そんな福の神様ですその功徳は福徳円満です。
しかし、実はこの布袋尊、七福神の中では唯一実在の人物がモデルであるといわれています、それが十世紀頃の中国の禅僧「契此(かいし)」です。

契此は常に半裸で大きな布の袋を肩に担ぎ、そんなことから布袋と呼ばれるようになりました。
その大きな袋の中に物乞いをして手に入れた食物を蓄えたり、必需品を一緒に入れ放浪していました、今でいうとホームレス。
しかし、その辺のホームレスと違うのは、外見からは想像もできないような不思議な能力をもっていたということ。
雪の中に寝ても雪をかぶらず、体も濡れず、天気の予報も百発百中、吉凶の占いを得意とし多くの人々に愛されるようになりました。
中国のこのような伝説から、布袋尊は弥勒菩薩の化身として信仰されているそうです。

七福神の中にあって、ホームレスがモデルとは何とも不思議な話ですね、いつもニコニコと笑顔でいた布袋尊のように毎日笑顔でゆったりと過ごせたら良いのになと、そんな願いが形となって、七福神信仰の中に布袋さんが生きているのだと思います。

林陽寺、本尊は薬師如来、弘法大師の草創(延暦15年(796年)) で大師が全国行脚途中、数年ここに留まったといわれています。
幾年か経ち、寺は荒廃はなはだしくなり寛文5年(1665)、宜公和尚がこの観音堂に来て大師の霊場が廃滅しているのを嘆き霊地を選定して一寺を再建し、旧寺号に複して、八幡山林陽寺と称しました。
同年弘法大師を開基とし、師父の信州、松本全久院(松本城主 松平丹波守菩提寺)13世了然玄超禅師(全久院誌によれば鍛冶村全久院第13世)を招いて開山第1世にすえ、曹洞宗寺院となりました。

林陽寺の由来によれば、長い歴史のあるお寺です。

由緒あるのですが、平成になって岐阜市の指定保存樹が有名です。
樹齢150年のシダレザクラ、開花時期の夜にはライトアップも行われ幻想的な風景が楽しめます。
しだれ桜コンサートが、毎年3月の第4日曜日の1時から開催しているそうです。

イベントも多種行っています。
その中で、ぎふ清流七福神大祭が11月23日に行われます。
ご祈祷法要、ふれあいグル-プ御一行の寸劇、お菓子まき、里芋などの野菜の即売などがあるそうです。

布袋尊は福徳と繁栄の福神様、福徳円満・商売繁盛・富貴繁栄・子孫繁栄の御利益があるそうです。

岐阜市岩田の交差点を長良川方面へリバーサイド(堤防道路)の手前を北に入ったところです。
 
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