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レジャー特集 のんびり岐阜まちなか歩き
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街道の近く、静かなる所

お茶屋屋敷跡
'12/12/04
中山道美濃赤坂宿沿いの住宅地の中に閑静な場所がありました。
ここは、お茶屋屋敷跡といいます。

お茶屋屋敷跡は、徳川家康が上洛の往還にあたって休泊のため慶長9年(1604)に設けた専用の施設です。
設置は美濃国の諸大名に命じ、岐阜城の金華山山麓に存在した織田信長公の住居千畳敷御殿など61棟を移築させたそうです。
大垣藩地方雑記というものによると、ほぼ方形の縄張りをもつ城郭形式で竹薮に囲まれた総郭内と薮外の馬場跡とがあり、四隅に櫓を備え正面(東)に大手門があったそうです。

お茶屋屋敷と言うのは、江戸時代に五街道に整備された将軍家の宿泊施設、または大名の宿泊・休憩施設で御茶屋御殿(おちゃやごてん)、また単に御茶屋(おちゃや)とも言います。

全体を土塁・空濠で囲んだ豪壮な構えであったそうです。(言わば堤防や堀で囲まれたところ)
宿場の整備とともにお茶屋屋敷は必要なくなり、寛永5年(1628)に岡田将監が管理に当たったときには、その破損が著しく大半が取り壊されて、やがて廃絶化しました。

廃藩置県の後、赤坂宿の名主矢橋宗太郎が払い下げをうけ広大な内部を畑地としたそうです。
その後、昭和24年(1949)の中学絞建設に伴い遺構の西半分を学校としたため、現在東半分に土塁・空濠の一部・井戸跡などが遺構として残っています。

昭和51年に県の史跡に指定されました。

現在は牡丹園として一般に開放され、この地方の一名所となっています。
牡丹園には、約80品種 800株の牡丹が植栽され、紅色、淡紅色、紫色、白色の牡丹の花が春には綺麗に咲きます。
「牡丹・ほたん」は、ボタン科ボタン属の落葉小低木で、中国西北部が原産地。

牡丹の他、ドウダンツツジやもみじなどがあり、新緑や紅葉のときも素敵に思えます。

ここに来る道のり、狭い道なんですが住宅地から(田畑のところもありますが)急に味のある壁に囲まれた竹林に出会います。
タイムスリップして江戸時代くらいに来た感じを受けます、そんな閑静な場所です。

牡丹円として名が通ってきてますので、その時期は人が多いかもしれませんが、その時期をはずして行かれると町とは違う静けさが待っているかもしれません。
 
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