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レジャー特集 のんびり岐阜まちなか歩き
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落語の祖の兄が築いた城

小倉公園
'14/12/18
小倉公園、現在は桜や紅葉の名所など市民の憩いの公園となっています。

小倉山城は、慶長10年(1605年)金森長近(ながちか)によって築かれました。
飛騨高山城主であった金森長近は、関ヶ原の戦いで東軍に属して郡上八幡城などを攻めた功により、美濃国武儀郡などに二万石の加増を得ることができました。

金森長近は、養子の可重 (ありしげ)に高山城を譲り隠居しました。
小倉山城は長近の隠居城として築城された城であり、別名「小倉居館」とも言われていました。
山腹部分に本丸と二の丸が築かれ、山麓の現在図書館のある場所に三の丸があったと言われています。

その後、可重より長近の実子長光に2万石が分知され美濃国に上有知藩が成立。
慶長16年(1611年)長光は若くして亡くなり、廃藩となり小倉山城も廃城になりました。
元和元年(1615年)上有知は尾張藩の所領となり、城跡に代官所が置かれました。

小倉山城は長良川に面した独立丘陵に築かれており、現在は小倉公園になりました。
南に開けた城下町を形成し、大手には大手門跡と石垣が残っていますが、城山には遺構がほとんど残っていません。
西側にある清泰禅寺は鉈尾山城主佐藤氏の菩提寺で、佐藤氏の墓と金森長光の墓があるそうです。

小倉山城跡として、美濃市指定史跡です。
城下町は現存し、うだつの上がる町並みとして重要伝統的建造物群保存地区となっています。
現在は石垣と土塁が現存しています、また本丸に模擬櫓、山頂に三階建てのお城に見せた展望台と忠魂碑が建造されています。
本丸跡現在は緑生い茂る芝生広場になっており、市民の憩いの場として親しまれています。

前に淨音寺のレポートでも書きましたが、長近は金森定近の次男に生まれ、落語の祖と呼ばれ『醒睡笑』を編した安楽庵策伝も定近の子で長近の弟と伝えられています。

小倉山は標高159.2mあり、桜や紅葉の名所になっており、図書館・ミニ動物園・ちびっこ広場もあって市民に利用されています。

岐阜バス、美濃小倉公園前下車すぐです。
 
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