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レジャー特集 のんびり岐阜まちなか歩き
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数々伝説がある池②

苧ヶ瀬池
'15/11/24
数々伝説がある池、とタイトルでしたが伝説伝承についてです。

苧ヶ瀬池は周囲2kmの南北に長いため池で、奈良時代の宝亀年間(770年頃)に一晩で出来たと伝わっています、大蛇・龍神が住み竜宮城の入口があるという伝承があります。
池の中に浮かぶ社殿には、この池の守り神八大龍王が祭ってあるそうです。
ここに棲む鯉や亀は龍神の使いとされいて、苧ヶ瀬には数々の伝説、伝承が残っています。

「池の呑まれた惣八郎」
昔ある年の夏、大変な日照りが続き村人たちは毎日総出で雨乞いをしましたが、雨は少しも降りませんでした。
そこで惣八郎という村人が、大切にしていた馬や牛を池のまん中へ連れ出し、蛇神に牛馬を奉げるかわりに雨を降らせてくれるよう一心に祈りました。
すると突然大粒の雨が降り始め、池の水はみるみる渦を巻いてあふれ、あっという間に惣八郎は池の底へと呑み込まれてしまいました。
それから3年後、村人が惣八郎のために池のほとりでお坊様にお経をあげてもらっていました。
すると池の中から3年前に池に沈んだ惣八郎が顔を出してこちらに泳いできたのです。
驚いている村人に、惣八郎は「あの時、体がしびれて目がくらみ、気がつくと池の底に引きずりこまれていた」と言いました。
大蛇との約束そして、惣八郎の目前に恐ろしい大蛇があらわれ「痛い、痛い」と苦しみながら、惣八郎に腹をさすってくれと頼むのです。
言われるままに惣八郎が大蛇の腹をさすると、大蛇は大きな口をあけて一振りの太刀を吐き出しました。
大蛇は「私はこの池に千年住んでいるが、さすがに体が弱って苦しんでいた。
これまで牛馬を襲ったり、村人に災いをもたらしたためなのか、苦痛から逃れることができない」と言い「お前が村に帰ったら、僧侶になって仏の力で我が苦しみを解いてくれ。その礼にこの太刀を授ける。
村のお守りとして大切にするのだ」と言ったのです。
その後の苧ヶ瀬池村に帰った惣八郎は、その後、僧となって蛇神を供養し、苧ヶ瀬池はどんな日照りでも水がなくなることなく、村の田畑を潤し続けたそうです。
(文・木曽川学研究所苧ヶ瀬池の伝説)

「天に昇りそこなった大蛇」
昔、苧ヶ瀬の池に二千年も生きた大蛇が住んでいた。
海に千年、山に千年も住んでいたという池の主であります、長く生きた大蛇は天に昇って龍になることができると言われていました。
しかし天に昇る時、人に見られると神通力を失って龍になることができません。
村人は大蛇を畏れて池には近づかなかったが、甚平という村人は大蛇が天に昇るところを見たいと思っていました。
ある晩、時が満ち大蛇は龍になるため天に向かおうとしました、ところが大蛇が水面から浮かび上がった時、隠れていた甚平に見られてしまいました。
大蛇は神通力を失い池に落ちて死んでしまい、その後甚平も苦しみながら死んでしまった、村人は甚平が死んだのは大蛇の祟りだと広がりました。

「小池与八郎の妻」
本宮山は愛知県豊川市・岡崎市・新城市にまたがる山であります。
梶原影時の七臣一人、福富万蔵国秀から三代あとの福富新造が狩りに本宮山に出たところ、山頂にある奥宮の灯籠の影に一丈(約3m)を超える白金のような髪をした女がいました。
新造はその女に矢を射かけ、その血痕を辿っていくと小池与八郎の家の門にたどり着いた。
小池与八郎の妻は体長が悪く伏せていたが、血で書かれたのであろう赤黒く変色した二首の辞世の和歌が残されていて姿は消えていた、さらに血痕をたどると、木曽川まで来ました。
その後、与八郎が妻の七十五日の法要を営んでいると、どこからともなく托鉢僧が現れました。
与八郎はその僧を招き入れ「一巻の経を手向けて貰いたい」と乞うた。
僧が経を唱え終わると、自分は木曾川の川向こうにある苧ヶ瀬が原にある寺の僧だと述べ、苧ヶ瀬池と呼ばれる池に一匹の大蛇が死んで浮かんでおり、左目に長い矢が射られていました。
その後池に住む魚はことごとく片目のつぶれた魚ばかりになってしまい、村人はその大蛇を供養すべく池の中にある小島にお社を建て供養し、僧は立ち去っていきました。
そして与八郎の妻は、苧ヶ瀬池の竜女であったことを知りました。

名古屋鉄道各務原線苧ヶ瀬駅より徒歩約10分。
岐阜バス各務原東部線「おがせ」バス停よりすぐです。
 
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